独学者にお勧め、小説を翻訳するために鍛えたい力5選

小説を翻訳するために-鍛えたい力5選

私自身が出版翻訳に20年以上関わってきた経験から、プロとして活躍し続けるために(基本的な英語力以外で)必要だと実感している力を5つ挙げてみます。翻訳力や日本語表現力のアップに向けて、どれも時間はかかるものの訓練によって身につけられるものばかりです。

翻訳の勉強法については多種多様なやり方があると思いますし、今回はちょっと変わった切り口からの提案かもしれませんが、翻訳者を目指して独学を続けるなかで勉強法のヒントを探している方、これから本格的に翻訳者としてのスタートを切ろうとしている方にとって、少しでもお役に立てば幸いです。

目次

1.翻訳は筋トレだ! 訓練は質も大事だが、量も大事!

書棚の背景にTrainingの文字

昔、通信教育でお世話になった著名な翻訳家の先生が、「翻訳の筋肉を鍛える」「翻訳は筋トレと同じ」というようなことをおっしゃっていました。つまり、とにかくたくさん訳す、毎日訳す、大量に訳す、という訓練も必要だということです。

翻訳スクールなどの毎回の課題は通常それほど多くないと思います。それをきっちり細部までクラスで検討するという形になるでしょう。量より質という勉強法ですね。もちろん、このやり方はなにより重要だと思います。

でもプロとして仕事をするとなると締め切りまでに大量の翻訳をこなす必要があります。そのための翻訳体力をつけることが大事だと、先生は教えてくださいました。当時いただいた先生のコメントを下記に引用します。

プロの文体というのは「どこから攻撃されてもいい文体」でなければならないのです。(中略)自分の文体がどこから攻撃されてもいい文体(具体的にいうなら、どれだけわかりやすく、日本語としてリズムがあり、さらにプラスアルファの個性があるということ)になるためには、本来は最低月に英文和訳を3、40ページくらい、日本語の本を10冊読むくらいのトレーニングを積んでほしいところなのですが……。

なかなか厳しいトレーニングになりますから、ここまで読んで「げっ、無理~」と思われたかもしれません。大丈夫です! 正直なところ、私もそこまで自分に厳しいハードなトレーニングはできませんでした……。ダメな私でも、一応、翻訳者になれましたから、理想的な分量とまでいかなくても、少しでもコツコツと訓練を続けるとよいと思います。

とくに長編小説を訳すとなると、体力も必要になるはずです。その点について、作家の村上春樹さんの言葉を引用しますね。私たちは翻訳する側ですが、参考になると思います。

長編小説を書くという作業は、根本的には肉体労働であると僕は認識している。文章を書くこと自体はたぶん頭脳労働だ。しかし一冊のまとまった本を書きあげることは、むしろ肉体労働に近い。

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)第4章より

ですから、長編小説を訳すなら、私たち翻訳者も日頃から翻訳の筋トレを心がけ、持久力も強化したいものです。

もうひとつ、先ほどの先生の言葉で「わかりやすく、日本語としてリズムがあり、さらにプラスアルファの個性がある文体」というのも、目標としてしっかり頭に入れておきたいですね。

翻訳の訓練はもちろん質が大事だが、量も大事。翻訳の「筋肉」を日頃から鍛えて、持久力をつけよう! 日頃からまとまった量の英文を訳すように心がけよう。

2.「リズム感」を身につけよう!

モノクロのドラムセットの背景に黄色いRhythmの文字

みなさん、ご存知のとおり、英語の小説を読むと各文の語尾は基本的に単調で、過去形なら過去形、現在形なら現在形がずっと続いても違和感はありません。しかし、日本語の小説となると「~した」など過去形が連続すると、(作家が意図的にそうしている場合を除き)どうもリズムの悪い、読みづらい文章だなと感じてしまいます

ですから、英語から日本語に翻訳する場合、少なからず語尾を調節する必要が出てきます。そこは翻訳者のさじ加減だと思うのです。ですから、私の考えでは、日本語の心地よいリズムを生む力が必要ではないかと思います。

文章のリズムについても、作家の村上春樹さんの言葉が印象に残っています。小説家としてデビューする前、村上さんはジャズの店を経営しており、音楽は彼の身体の隅々まで染みこんでいたといいます。

二十九歳のときに小説を書こうと思ったとき、僕には小説の書き方がわかりませんでした。それまで日本の小説をあまり読んだことはなかったし、だからどうやって日本語で小説を書けばいいのか、見当もつきません。でもあるとき、こう思ったんです。良い音楽を演奏するのと同じように、小説を書けばそれでいいんじゃないかと。良き音楽が必要とするのは、良きリズムと、良きハーモニーと、良きメロディー・ラインです。文章だって同じことです。そこになくてはならないのは、リズムとハーモニーとメロディーだ。いったんそう考えると、あとは楽になりました。

村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』(文春文庫)「夢の中から責任は始まる」より

音楽好きの方、楽器を演奏される方は、自然とリズム感が身についているのではないでしょうか。翻訳する際にもその力が発揮できているかもしれません。

小説全体でうまく語尾を調節するには、日本語のリズム感が必要になってくるはず。日本語の小説を読むときなど、普段から語尾に注目してみよう。

3.日本語の語彙力もアップしよう

本棚の背景に黒い猫のシルエット

小説の翻訳となると、分野ごとにいろいろな文体を駆使することが求められます。もちろん得意分野の仕事のみ引き受けられればよいのですが、それは現実的には無理でしょうし、翻訳者として能力を向上させるためにもいくつかの分野にわたって仕事をすることは重要だと思います。

さらに会話文であれば、登場人物ごとに口調を変える必要もありますから、どうしても日本語の語彙が豊富であるほうが有利なわけです。

語彙力アップについては、類語辞典の活用、日頃から知らない語彙を調べる・覚える、使えそうな表現をリストアップする、などやはり地道にやっていくしかないでしょう。

独学での訓練法として、ある表現をどれだけ言い換えられるか、自分でやってみるのも面白いと思います。硬い口調や柔らかい口調など、自分でキャラを設定してみると楽しいかもしれません。

たとえば、英語の一人称単数主格は’I’ですが、日本語に訳すなら、性別年齢、性格、立場によっていくつも選択肢があります。「おれ、ぼく、わたし、おいら、おら、わし、小生、拙者、余、我輩」「わたし、わたくし、あたし、あたい、うち、わらわ」など。ゲーム感覚で、あれこれ言い換えてみるのも楽しいですね。

個人的にはアニメや漫画がやはり参考になると思います。とっつきやすく、とにかく面白いですし。

日本語の幅広い語彙や表現力を身につけて、さまざまな文体を駆使できるようになろう。日頃からよい表現を見つけたらメモしておこう。アニメや漫画もお勧めです。

4.意外かもしれないけれど、翻訳にも瞬発力が必要かも

夜空に浮かぶ花火

通訳ならあっさり納得できるでしょうが、翻訳に「瞬発力」が必要と聞くと「えっ?」となるかもしれません。私自身、翻訳を続けるなかで、原文を読んで、理解して、ぱっと浮かんだ(幸運にもぱっと浮かんだらですが……)訳が一番ぴったりだと感じることが多かったからかもしれません。

もちろん、たいていの場合、うんうん唸りながら訳文をひねりだすようなパターンですし、ぴたりとハマる訳語が思いつかず、ずっと悩んでいたら入浴中に思いついたりすることもありました。でも、理想的には、原文をしっかり咀嚼できていれば、すんなりと訳が出てくるように思います。なかなか日本語が出てこないのは、そもそも英文の解釈が不十分なせいが多いようです。

瞬発力が必要だからこそ、日頃からトレーニングを重ね、語彙力をつけておき、必要なときにその力を瞬時に発揮できるようにしておくべきでしょう。

日頃からトレーニングを積んで、翻訳の「瞬発力」を発揮できるようにしよう。そのためにも日頃から語彙を増やし、翻訳練習を欠かさないようにしたい。

5.日本語の感性を磨きつづけよう

ずらりと並んだ書籍の背表紙にNever Stop Learningの文字

訳のセンスを磨く、というのは最も難しい課題かもしれません。感受性を磨く、とも通じるのかもしれない。この点はそもそも各人が持って生まれた才能による部分も大きいかも。

それでも訓練は可能だと思いたい。とにかく名文を読んで、自分の心に響く表現をストックしていくしかないのかもしれません。やはり読書あるのみ、ということでしょう。

ただ、自分が目指す分野の本をどんどん読んでいけばよいと思います。なにもオールラウンドの翻訳者を目指さなくてもいい。この分野なら誰にも負けないというものを、できればひとつ持っておけばいい。そのほうがむしろ強みになると思います。

最後にもう一度、翻訳者でもある村上春樹さんからの言葉を、自戒をこめて紹介します。

僕自身の翻訳者としての経験からいえば、熱意というのは翻訳にとってとても大事な要素です。たとえ優れた翻訳者であったとしても、彼がテキストをそんなに好きでなければ、まったく話になりません。長い小説の翻訳はひどく骨が折れるし、時間もかかります。深い愛情と共感がものを言う作業なのです。

村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』(文春文庫)「何かを人に吞み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない」より

私自身、この言葉を聞いて反省しきりです。いつもとにかく真摯に原文に向きあおうとしていますが、仕事が長期にわたると集中力を維持するのが難しいときもあるからです。

翻訳者自身の持ち込み企画なら別として、仕事として翻訳を請け負う場合はなかなか理想どおりにはいきませんが、つねに「熱意」「愛情」「共感」を忘れずに仕事に取り組みたいと思います。

言葉のセンス、感受性を磨きつづけよう。名文や名訳に多く触れて、言葉選びのセンスを向上させていこう。やっぱり読書は大切。

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最後までお読みいただきありがとうございました!

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