これから出版翻訳者を目指そうとしている方、出版翻訳者としてスタートを切られた方にぜひともお伝えしたいことがあります。私自身20年以上出版翻訳(フィクション、ノンフィクションとも)に関わってきましたが、すこぶる後悔していることが2つあります。そのことをお話しさせてください。
出版翻訳にまつわる最大の後悔(1)印税率のこと
出版翻訳を夢見ていた頃、世間一般のイメージとして、出版翻訳家になれたらひょっとして優雅に印税生活ができるのではないか、という甘い期待を抱いたこともありました。そこまでいかなくとも、会社勤めをするよりは自由な時間があるかも、とぼんやりと考えていました。
しかし、実際、時代の変化による出版不況のせいもあって、現実は想像以上に厳しいものでした(このあたりの事情は出版翻訳や映像翻訳を目指す方に。スクール選び、仕事選びに戦略を!(下)でも紹介しています)。フリーランスとして出版翻訳の報酬だけでは、とても食べていけませんでした……。
ちょっと検索してみると、出版翻訳の印税率は一般的に4~8%、もしくは6~8%という情報が出てきます。しかし、私がこれまで携わった翻訳の仕事では、最低で2%、最高で7%でした。しかも、割合としては悲しいことに2~3%のほうが多いと思います。ただし、児童書やYAだと低めに、ミステリーなどは高めに設定されやすく、また出版社によっても違いがありますので、翻訳者が置かれている状況はそれぞれかなり異なるでしょう。
ひとつめの後悔は、それまでノンフィクションや実用書の翻訳を担当してきて(それらについては一冊訳していくらという買い取り方式が多かったです)、初めてフィクションの小説を訳す機会をもらったときのことです。
標準的な印税率について無知だった私は、編集者さんからの2%の提示を受け入れてしまいました。しかも、向こうから「もう少し上げることもできますが……」と提案してもらっていたのに、相手に遠慮して、あるいは新人なので仕事を失うのが怖くて、私は「いいえ、2%で大丈夫です」なんて答えてしまったんです。
小説として一般的な難易度かつボリュームの翻訳作業だったにもかかわらず、格安で引き受けてしまったわけですね。その事実を知って後悔したのは、何年もあとのことでした。当時は、ただ単に小説を訳せることの喜びでいっぱいでした(笑)。
そして、残念なことに、いや、ありがたいことだったのか、その小説はシリーズ物となり、その後も2%の印税率が続いたのです。それなりに重版もされたので、まぁ、最終的には損をしなかったのですが、たぶん、なんとなく不当な扱いを受けたような、いいように使われたような気がして、もやもやした気持ちが残ったのでしょう。
言いたいことを言えなかった、印税率が低い理由を聞けなかった、正当な交渉ができなかった、という後悔が残りました。
印税については、児童書などの翻訳で有名な金原瑞人氏も、以下のようにブログに書いてらっしゃいますので、興味のある方はぜひお読みくださいね。
出版翻訳にまつわる最大の後悔(2)翻訳原稿の直し
もうひとつの後悔は、翻訳原稿の直しについてです。翻訳者が初稿を仕上げると、編集者さんがまず読んでくれて、修正の提案をしてくれます。その後、校正さんがまた修正案を出してくれます。このあたりは出版社や編集者によっても多少異なりますが。
ある編集者さんは私の訳文をかなり大幅に直す人でした。
読みやすい本を作るためには必要な作業ですから、べつにそこに文句を言うつもりはないんです。ただ、ほかの編集者さんだと修正案という形で、ここはこうしたほうが読みやすいのでは、とゲラに書きこんでくれるのですが、その人はデータ上で勝手に変えてしまうので、もとの訳文がどうだったか、照らし合わせないと不明なわけです。
これは翻訳者にとって、自分の訳文のどこが悪いのか、なぜ悪いのか、まったくわからないため、消化不良の状態を引き起こします。今後のための勉強にもなりづらい。
もちろん、先ほどの例と同じく、編集者さんにはっきり言えばよいだけです。データで全部変更してしまわず、変更すべき箇所と理由を教えてほしい、何が悪いか指摘してくれたら、こちらで修正するから、と。
でも、新人翻訳者だった当時の自分にはそこまでの勇気はなかったんです。自分が弱くて情けないといえばそれまでなのですが。
さらに情けない思いをしたのは、ある本の「翻訳者あとがき」です。その編集者さんからの依頼で、特別に個人的な話を入れることになり、けっこう力を入れてメッセージをつづったのですが、それもバッサリと削られたり、改変されたりで、これじゃあ、私の文章じゃないな、と思いました。そのうえ、もとの原稿よりもすごく感動的な、わかりやすい文章になっていて、ますます情けないやら惨めやら……(涙)。
個人事業主としての意識が必要だった!
恥ずかしい経験談を打ち明けましたが、お伝えしたいことは、タイトルにも書いたとおり、翻訳者も「個人事業主」として、営業したり、印税率など報酬の交渉をしたり、という翻訳以外の面での努力も必要だということです。
おそらく翻訳者を志す方々は、真面目でおとなしい、自己主張が苦手な人も多いのではないでしょうか。でも、翻訳を取り巻く状況が厳しくなっているからこそ、自ら積極的に動くことも大事だと思います。
きちんと報酬や条件を前もって確認し、納得がいかなければ交渉してみる。でないと、どうしても弱い立場に甘んじることになります。もちろん、印税率が低くても、今後のステップアップになるなら、あえて引き受けるのもよいでしょう。要は自分が納得したうえで引き受けることです。
過去の私は、新人だから、経験不足だからという理由を言い訳にしていましたが、出版翻訳では、新人だから印税率が低いということはないんです。逆に言えば、新人だろうがプロとして質の高い翻訳を望まれているわけです。そして、こちらもプロとして正当な条件で正当な報酬を得る権利があるはずです。そのためには勇気を出して、闘わないといけないんだなと今の私は感じています。
これから出版翻訳の世界に足を踏み入れる方々に、またもや老婆心ながら、お伝えしておきたいと考えた次第です。編集者さんたちはみなお忙しいですが、条件や報酬について尋ねたらきちんと答えてくださるはずです。まぁ、いいか、となおざりにせず、納得いく形で仕事を受けるようにしてみてくださいね。
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フリーランスの出版翻訳者として働くなら、翻訳の実力のみならず、個人事業主として条件の確認や報酬の交渉などもできるだけ積極的に行っていこう。それがプロとしての長期的な活躍にもつながっていくはず。
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