翻訳を志す方へ 実務・出版・映像(字幕)3分野の特徴や適性について  ~私の翻訳遍歴にもとづいて~

翻訳を志す方へ 実務・出版・映像(字幕)3分野の特徴や適性について  ~私の翻訳遍歴にもとづいて~

私はこれまでずっと30年以上英語の仕事に関わり、実務・出版・映像(字幕)の3分野で翻訳を経験してきました。現状にそぐわない点もあるかもしれませんが、これまでの翻訳遍歴(笑)を振り返って、それぞれの分野の特徴や適性について私感を述べたいと思います。

翻訳に興味をお持ちの方や翻訳を志す方にとって、少しでも参考になればと思います。私自身にとっては出版翻訳の比重が大きかったので、その点をご理解くだされば幸いです。

目次

私の場合は、実務から出版、そして映像へ

コーヒーカップと白い花の背景に猫の黒いシルエット

私は20代から地元の通訳・翻訳スクールに通い始め、翻訳だけに話を絞ると、まず実務翻訳を経験しました。

その後、特許翻訳に特化した時期を経て、30代後半からじょじょに出版翻訳にシフトし、出版のノンフィクションからフィクションへと仕事の幅を広げていきました。

そして最後に映像翻訳(字幕)の勉強を開始して、ドキュメンタリーの仕事を少し経験しています。

私の翻訳遍歴
実務(全般)➡実務(特許)➡出版(ノンフィクション)➡出版(フィクション)➡映像(ドキュメンタリー)

翻訳全般について、どんな人に適性がある?

海辺の砂浜に置かれた一冊の本と黒い猫のシルエット

まず翻訳の仕事はどんな人に向いているのでしょうか?

一般的な考え方として、同じ英語の仕事でも通訳と大きく異なる点は、翻訳は基本的にひとりで自宅にこもって作業をするということでしょう。

そして、おわかりのとおり、ほぼ一日じゅうパソコンに向かって仕事をすることになります。締め切りが近づくと、ほとんど外出できない場合もあるでしょう。締め切り直前の「修羅場」ですね(笑)。

慣れもあるとは思いますが、おそらく活動的かつ社交的で、誰かと一緒にコミュニケーションをとりながら作業を進めたい人にとっては、不向きな仕事かもしれません。

もう一点、これは通訳にも共通するのですが、通訳も翻訳も基本的に自己主張したり、自分の意見や考えをはさんだりしてはいけない仕事です。そもそもできるだけ忠実に内容を伝えるのが大切で、そこに自分なりの意見や考え、感情をつけ加えるべきではありません。

たとえば正直なところ原文の内容に違和感を覚え、同意できなかったとしても、自分の感情を押し殺してそのまま訳さなければいけません。さらに言えば、どんな内容であれ、できるだけ原文に寄り添っていかなければならないのです。

さらにもうひとつ、とても大事な点は、調べ物が好きかどうかです。どの分野であれ、翻訳には必ず調べ物が必要になります。しかもかなりの分量になりますから、調査能力があり、いろいろなことを調べて知識を増やしていくのが好きな人に向いています。

まとめ 翻訳に向いている人 ➡ 

  • ひとりで自宅にこもって仕事をしてもストレスがない人
  • 自分の主張や考えに影響されず、黒子に徹することができる人
  • 原文の内容や主張に寄り添える人。自分に原文を引き寄せるのではなく、自分自身が原文にどこまでも近づこうとする人
  • 調べ物が好きな人
  • 日本語の表現力がある人

もちろん、興味や関心、好きという気持ちがあるとしても、本人の適性や能力がその仕事に合致しているかどうかはまた別、というなかなか厳しい現実もあります。

私自身、本来は性格や気質などから翻訳向きだったわけですが、通訳にも興味があったので、通訳・翻訳スクールでは最終的に通訳コースを選びました。しかし、やはり厳しかったですね……。外交的でコミュニケーション力の高い人のほうがやはり通訳には向いています。同じ土俵では戦えないと判断して、結局あきらめました。

ただし、個人的には、私は興味があればやってみる派です。やっぱりダメだと思ったら、軌道修正すればよいかと。回り道になったのは事実ですが、いろいろな経験がのちに役に立ったと思っています(笑)。よい経験になったことは間違いありません。

本人の適性と分野の選択については、下記の記事でも触れていますので、興味のある方はぜひご一読ください。

実務翻訳の適性について

読書する女性と黒い猫のシルエット

翻訳という作業は分野にかかわらず翻訳者が原文を理解したうえで、自分なりに工夫してできるだけ忠実に内容を伝える作業です。ですから、翻訳者自身が「理解する」というプロセスが重要です。

もちろん、実務翻訳では、翻訳者はその分野の専門家ではないので原文を完全に理解できないこともあるでしょう。それでもいろいろ調べたりしながらなんとか解釈して訳さねばなりません。

その作業が楽しいと感じられるかどうかも、適性を考えるうえで大事なポイントになります。人間は機械ではないので、やはりある程度理解できないと翻訳そのものが苦痛になってしまいます。

そのような観点から、実務翻訳を目指すなら、当然ながら、自分の得意分野や専門分野があるほうが仕事をするうえで有利なのです。

私自身は文系出身で、機械工学や電気工学といった知識はゼロでしたので、自動車関連の特許翻訳を始めた頃はかなり苦労しました。専門家のクライアントから「翻訳者が内容を理解していない」と叱責されたこともありました(汗)……。

ですから、すでに専門分野がある方は翻訳においてかなり有利な立場にあると思います。それを生かさない手はないでしょう。逆に専門分野がまだない場合は、知識がついてくるまではかなり苦労するはずです。その覚悟をしておいたほうがよいでしょう。

まとめ 実務翻訳に向いている人 ➡

  • 目指す分野の専門知識や経験がある人
  • 専門分野がない場合、経験を積むことで知識は増えていくが、初めのうちはやや不利になるはず。それを覚悟して努力できる人
  • 原文の理解が不足していると、実務の場合とくに翻訳の質は下がるし、翻訳作業も楽しくないだろう。そのことを踏まえて実務翻訳に向きあっていける人

出版翻訳の適性について

窓辺に置かれた本とコーヒーカップ

出版翻訳を目指す方は、おそらく本好きの方が大多数でしょう。本が大好きで、翻訳書を多読していて、いつか自分もこんな本を訳してみたい、と憧れていたのではないかと。

読書量、読書経験が多いという大事なポイントはすでにクリアされている方ばかりでしょうから、出版翻訳においてもやはり自分が目指す分野に精通している必要があります

たとえばフィクションと一口に言っても、文学、ミステリー、ファンタジー、SFなどいろいろな分野があり、さらに対象年齢に応じて大人向け、YA、児童書などに分かれます。

作家ごとに文体やスタイルが違いますが、総じてミステリーならミステリーの訳し方というものもあるわけです。たとえば一般的にどんなカタカナ表記を使うなど。大人向けと児童書なら、漢字とひらがなのバランスなども大きく異なります。それらを体感的に理解しておくべきでしょう。

読書量が多ければ自然と身についているとは思いますが、楽しみとしての読書と翻訳の勉強としての読書ではやや手法が違うかもしれません。翻訳の勉強としての読書も心がけるとよいでしょう。

出版翻訳においては、作家や作品の意図を大局的にとらえ、作品として仕上げる力も必要になってきます。できるだけ原文に忠実にという基本は変わりませんが、小説の場合は、そのまま訳すだけでは日本語の小説として読みづらい場合もあるので、日本語の読み物として読者が楽しめるように調整する能力も必要でしょう。

小説を訳す場合、作家や作品に共感できる「共感力」が大事なように思います。翻訳者自身がその作品に共感したり感動したりして、その感動を伝えようとするのが理想的なのではないかと。もちろん、それは理想論であって、多くの翻訳者は努力でそれを補っているのではないかと推察しますが。

まとめ 出版翻訳に向いている人 ➡

  • 目指す分野の読書経験が豊富で、その分野の翻訳スタイルになじみがある人
  • 純粋な読書の楽しみとは別に、勉強として翻訳書を読める人
  • 物語が好きで、ひとつの作品として仕上げられる力やセンスのある人
  • 共感力や感動力のある人。感動を伝えようとできる人

出版翻訳を目指しながら若い頃に才能や学歴に悩んでいた私の話については、下記をお読みください。

映像翻訳(字幕)の適性について

開かれた本と小さな花々そして3匹の猫たち

映像翻訳、とくに字幕に限定してお話しさせていただくと、実務や出版の翻訳と大きく異なるのは、「セリフ1秒は4文字が原則」という字数制限があることでしょう。つまり原文の内容を簡潔にわかりやすく表現する能力が必要になります。小説の翻訳とはやや違う形での語彙力や表現力が試されますね。

とくに私が苦労したのは、字数の制限上、原文の内容をすべて盛りこめず、最も重要な情報のみを抽出せねばならないことでした。私のように優柔不断ですぱっと決断できず、あれこれ詰めこみたいタイプの人間にはきつかった……。そもそも要約するのが苦手なタイプでしたから。

また出版翻訳に比べると納期は短めで、短期の仕事が多いと思います。時間との戦いですから、とにかくムダを省いて効率的に作業を進められる人に向いています。

出版翻訳ですと数カ月単位での仕事になりますが、私が経験したドキュメンタリーの映像翻訳なら一週間くらいで仕上げるので、短期的にぐっと集中して働きたい、そういうパターンが性に合っている人向きだと思います。

まとめ 映像翻訳(字幕)に向いている人 ➡

  • 外国の映画やドラマが好きでよく鑑賞している人
  • 原文の内容を簡潔に表現できる人
  • 内容を伝えるうえで最も重要な情報をうまく抽出できる人
  • 比較的短い納期で、短期的にぐっと集中して働くのが好きな人
  • 悩み過ぎず、ムダを省いて、スピードを意識しながら、効率よく作業を進められる人
  • 視聴者の心に残る、印象的なセリフづくりに鋭意努力できる人

初めて映像翻訳に取り組み、スピードが重視される作業に苦労したエピソードについては、下記をお読みください。

おわりに

実務・出版・映像の翻訳3分野について、私なりに特徴や適性をまとめてみましたが、いかがだったでしょうか? 少しでもお役に立てたならうれしいです。

翻訳はとても奥の深い、やりがいのある、おもしろい仕事だと思います。個人的には、日々、変換作業に苦労するうちに日本語の語彙力や表現力が磨かれてきたのではないかと自負しております(笑)。

高い語学力が必要とされる仕事ではありますが、日本で仕事をする場合、基本的には日本語力によって評価されることになります。日本語の表現力を向上させることが大事です。

そして、うまく訳せないと感じるときは、おおむね原文の理解が不足しているものです。しっかり理解してぴたりとはまる訳文を生みだせるように、毎日うんうん唸りながら悩みつづけるわけです。それが快感になれば、あなたも立派に「翻訳沼」にはまりこんだ仲間です!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
翻訳作業には苦労もありますが、できるだけ楽しんでいきたいですね。

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